粗忽の釘

粗忽の釘▶
滑稽噺

引っ越しの日に打った一本の釘が、やがて大騒動に。その結末、ご存知ですか。

引っ越しの日に打った一本の釘が、やがて大騒動に。その結末、ご存知ですか。

教訓

性格は最後まで貫く

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「粗忽の釘」——古典落語の滑稽噺として、今も多くの噺家が高座にかけている演目です。引っ越しの日に一本の釘をめぐって騒動が起きる、登場人物は亭主・女房・隣家の主人と少人数。それでいて最後まで笑いが途切れない、コンパクトにまとまった一席です。上方落語では「宿替え」という演題で演じられ、桂枝雀の十八番としても知られています。 この噺の主役は「そこつもの」——そそっかしくて、早合点で、頼まれていないことをやらかす江戸っ子気質の亭主です。江戸落語にはこうした「そこつもの」を主人公にした演目がいくつかあり、同じく有名な「粗忽長屋」と並んで、このキャラクター類型の代表格がこの噺です。おっちょこちょいなのに妙にいじっぱり——そのちぐはぐさが笑いを生みます。 演題「粗忽の釘」の「釘」とは、噺の中で実際に騒動の引き金になる一本の釘のことです。ただの釘ではなく「瓦釘」——屋根がわらを固定するための、長さ八寸(約二十四センチ)もある大釘。ほうきを掛けるための小さな釘を打てばよいところに、これを選んでしまうのが粗忽者の面目躍如です。演題そのものが「そそっかしい男が打ち込んだ釘」を指しており、この一本がすべての騒動の核心になります。 この噺で注目してほしいのは、「粗忽」という性格が最初から最後まで一切ぶれないことです。引っ越しの道草、不釣り合いな釘の選択、謝りに行く相手を間違える、謝りの場でなぜか世間話を始める——すべてが同じ「粗忽」という一本の柱で貫かれています。笑いの仕掛けは単純ですが、それが積み重なって最後のオチに向かう構造の完成度に注目してください。 引っ越しの朝、亭主はタンスを風呂敷にくるんで一人先に家を出ます。ところが道草を食うわ、寄り道をするわで、新居の長屋にたどり着いたのはもう夕方のことでした。先に来て荷物を広げていた女房は、呆れた顔で亭主を出迎えます。 女房は言います。「とにかくほうきを掛ける釘を一本打っておくれ」。亭主には大工の心得がありましたが、女房に指図されるのが面白くありません。カチンときた亭主は、わざわざ瓦釘——屋根がわらをとめるための長さ八寸もある大釘を手に取ります。「これでいい」と、長さも考えずにそのまま壁へ打ち込み始めました。 長屋の壁は薄いものです。ゴンゴンと打ち込まれた瓦釘は、あっさり壁を貫通してしまいました。釘の先は隣家の室内へ飛び出し、よりによってそこにあった仏壇に突き刺さり、阿弥陀様の頭の上にちょこんと釘先が突き出た状態になってしまったのです。 さすがに女房も不安になり、亭主に「隣の物を壊したかもしれないから、行って謝っておいで」と言います。亭主は「よし」と威勢よく飛び出しましたが、向かいの長屋の戸を叩いてしまいました。粗忽者、謝る相手の家を間違えたのです。 間違いに気づいた亭主は、改めて本当の隣家へ。落ち着いて謝ろうと思ったのか、いきなり本題には入りません。「お宅のおかみさん、仲人があって一緒になったんですか、それとも駆け落ちで?」などと、なれそめ話を聞き始める始末。隣家の主人は、いったい何しに来たのかと首をひねるばかりです。 しびれを切らした隣家の主人が、ついに言います。「長いこと話しているが、用件はなんですか。まず仏壇の中を見てみなさい」。そう促されて、亭主はようやく仏壇のほうに目を向けました。 仏壇の中を覗き込んだ亭主の目に飛び込んできたのは、阿弥陀様の頭の上にちょこんと突き出た瓦釘の先でした。誰でも申し訳なさで顔が青くなる場面です。ところが亭主、目を輝かせてこう言いました。「こりゃ大変だ。明日からここにほうきを掛けにこなくちゃならねぇ」。 この噺のポイントは二つあります。一つ目は「粗忽という性格が最初から最後まで一切ぶれない」ことです。道草、おおくぎの選択、謝る家の間違い、なれそめばなし——すべてが同じ「粗忽」という一本の軸で貫かれています。二つ目はオチの作りです。阿弥陀様の頭の上に釘が突き出ているのを見ても深刻に受け止めず、「ここにほうきを掛けにこられる」と呑気に喜ぶ。深刻な場面をそこつものの間抜けさでひっくり返す、とんちオチです。ぜひ実際の高座で、この呑気さを味わってみてください。