目黒のさんま

目黒のさんま▶
滑稽噺

江戸時代、一人の殿様が食べたものが忘れられなくなります。その正体は、庶民に愛された秋の味覚。なぜ権力者がこんなにハマったのか

江戸時代、一人の殿様が食べたものが忘れられなくなります。その正体は、庶民に愛された秋の味覚。なぜ権力者がこんなにハマったのか

教訓

殿様の世間知らずが生んだ、愛すべき名言

ナレーション全文を読む

「目黒のさんま」。江戸古典落語を代表するこっけいばなしのひとつです。作者は不詳ながら、江戸時代中期から語り継がれ、現代の名人たちも競って演じる人気演目です。落語好きでなくても、「さんまは目黒に限る」という言葉だけは耳にしたことがあるのではないでしょうか。 この噺が何百年も愛され続けているのは、単なる笑い話ではないからです。殿様という最高権力者が、庶民の日常食に心を奪われる。その滑稽さの裏に、格式や権威が人間の本物の喜びをいかに遠ざけるか、という鋭い批評が潜んでいます。江戸の庶民たちは笑いながら、この噺に深く共感したのです。 注目してほしいのは、さんまというモチーフの選び方です。当時のさんまは庶民の安価な秋の味覚で、目黒周辺では農家の人々が道端で炭火焼きにして売っていたとされます。殿様が普段召し上がるのは、手間をかけた豪勢な料理。その落差があるからこそ、炭火の香りと脂の乗ったさんまが別格の輝きを放つ。本編ではこの落差を意識して見てください。 ある秋の日、一人の殿様が鷹狩りに出かけました。普段は屋敷の奥深くで暮らす殿様にとって、屋外に出ること自体が珍しい非日常です。家臣たちを引き連れ、目黒の野原へと向かいます。広々とした秋空の下、殿様はどこか晴れやかな顔をしていました。 鷹狩りを楽しんでいるうちに、すっかりお昼時を過ぎてしまいました。殿様はすっかり空腹です。しかし周囲を見渡しても、屋敷から持参した立派な弁当は、はるか後方の荷物持ちのもとにあります。家臣たちはうろたえるばかりで、なかなか食事が整いません。 そのとき、風に乗って香ばしい香りが漂ってきました。殿様は思わず鼻をひくひくとさせます。炭火で焼かれる魚の脂が弾ける、あの食欲をそそる匂いです。「あれは何だ」と殿様が尋ねると、家臣は少し困った顔で答えました。「あっ……さんまでございます」と。 殿様はさんまを所望しました。家臣たちは戸惑いながらも、道端の売り手からさんまをいちび求めます。炭火でこんがりと焼かれた、皮はパリッと身はふっくらのさんまが殿様の前に差し出されました。殿様はひとくち食べ、目を見開きます。「うまい!これほどうまいものがあったか!」と、顔をほころばせたのです。 屋敷に戻った殿様は、その夜もさんまの味が頭を離れませんでした。 豪勢な夕餉が並んでも、どこか物足りない。目黒で食べた、あの炭の香りと脂の乗ったさんまの味が、舌の記憶にこびりついて離れないのです。日を追うごとに、殿様のさんまへの恋しさは増すばかりでした。 ある日、殿様はついにさんまを所望しました。家臣たちは日本橋の魚河岸から、選りすぐりのさんまを取り寄せます。しかし殿様にお出しするのですから、粗末なままではいけません。脂はからだに障るからと蒸籠で蒸して落とし、こぼねも一本残らず丁寧に抜き取りました。屋敷の料理人たちは、あの「庶民の魚」をほぐし、上品な吸い物に仕立てようと、懸命に手を加えたのです。 やがて、上品な吸い物に仕立て直されたさんまが殿様の前に運ばれてきました。見た目は確かに上品です。しかし殿様が椀の蓋を開けてひとくち食べると、その顔がたちまち曇りました。こぼねまですっかり抜かれ、脂も抜かれ、ふにゃりと煮えたさんまは、あの日の感動とはまったく別の食べ物になっていたのです。 殿様は箸を置き、静かに尋ねました。「これは、どこで求めたさんまじゃ」。家臣が誇らしげに答えます。「日本橋の魚河岸より、吟味を重ねて取り寄せましてございます」。すると殿様は少し考え、きっぱりと言いました。「それはいかん。さんまは目黒に限る」。家臣たちは顔を見合わせるばかりです。 「目黒のさんま」は、世間知らずな殿様の勘違いが生んだ、愛すべき名言の噺です。実際には目黒に漁場も魚河岸もありません。それでも殿様は、江戸随一の日本橋魚河岸より、目黒の方が上だと信じて疑わない。その無邪気な思い込みこそが、この噺の笑いの核心です。江戸の庶民は、世間知らずな殿様の姿を笑いながら、同時に「うまいものは、ぜいたくなしたてより、その場の記憶とともにある」という真実にも気づかされたのかもしれません。この噺は今でも秋になると高座に上がり、客席に笑いと余韻をもたらし続けています。もっと深く味わいたい方は、ぜひ好きな噺家の音源や映像でお楽しみください。