お化け長屋

お化け長屋▶
滑稽噺

江戸時代の古典落語おばけながや。怪談で人を脅かす作戦、果たして成功するのか

江戸時代の古典落語おばけながや。怪談で人を脅かす作戦、果たして成功するのか

教訓

度胸がなければ、どんな脅かしも効く

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古典落語「お化け長屋」。江戸時代後期から語り継がれてきた滑稽噺の傑作です。お化けという言葉がタイトルに入っていながら、この噺の本質は恐怖ではなく、江戸っ子の機転と悪知恵が生む爆笑の連鎖にあります。幾代もの噺家に愛され、今も寄席の高座で息づいている演目のひとつです。 寄席の演目の中でも「お化け長屋」が特別なのは、登場人物の誰もが本当のことを言っていないのに、話がどんどん転がっていくところにあります。嘘をついた側が自分の嘘に足をすくわれる——この構造が、江戸庶民の笑いの核心を突いているのです。落語の入門作品として語られることも多く、噺の仕掛けがとても鮮やかです。 まず、舞台となる「長屋」という場所を押さえておきましょう。長屋とは、江戸の庶民が暮らした集合住宅です。薄い壁一枚で隣の部屋とつながり、井戸や厠は住人みんなの共用。プライバシーなどほぼない、密接な共同生活の場でした。大家は単なる管理人ではなく、住人の人生相談から冠婚葬祭まで世話を焼く、コミュニティの中心人物でもありました。 注目してほしいのは三つのポイントです。一つ目は「効く相手と効かない相手の対比」。同じ怪談噺が、気の弱い男には効いても、度胸ある職人にはまるで通じません。二つ目は「脅かした側が脅かされる」という逆転の構図が二度も繰り返されること。三つ目は最後の駄洒落のオチ。「尻腰」と「引っ越し」を掛けた言葉遊びで、噺全体を軽やかに締めくくります。 ある長屋の空き店に、貸家の札が下がっていました。もしこの長屋が全部埋まってしまえば、大家の態度が大きくなり、店賃の値上げまでされかねません。それだけは何としても避けたい——長屋の連中は頭を抱えました。 そこで古株で古狸のもくべえが、世話人の源兵衛とじっくり膝を交えて相談しました。「借りに来る人間を怪談噺で脅かして、追い払っちまおう」。もくべえのこの一言で、話はまとまりました。 早速、気の弱そうな男がやって来ました。もくべえは声を潜めて語り始めます。「三日目の晩、草木も眠る丑三つ時。ひとりでに仏前の鈴がチーン、縁側の障子がツツーと開いて、髪をおどろに振り乱した女がゲタゲタゲタっと笑い、冷たい手で顔をサッと……」。 その顔を、幽霊の冷たい手に見立てた濡れ雑巾でサッと撫でると、男は悲鳴を上げて転がるように逃げ出しました。おまけに慌てたせいで、六十銭入りのがま口を置き忘れていきます。「こりゃあ、とんだ儲けものだ」。もくべえと源兵衛はホクホク顔でした。 次にやって来たのは、吉原の馴染みの女と所帯を持つという、威勢のいい職人でした。もくべえが同じ怪談を語っても、まるで効き目がありません。仏前の鈴の音には「夜中に余興があるのは賑やかでいいや」、女の笑い声には「愛嬌があっていいや」と、逆に楽しんでしまう始末です。 困ったもくべえが最後に濡れ雑巾を顔になすろうとすると、「何しやがんでえ」と逆に雑巾をふん取られ、もくべえの顔中を拭き回されてしまいました。おまけに男は、前の客が置いていったがま口までさらって帰っていきます。この男、翌日には荷車をガラガラ押して、さっそく引っ越してきました。 男が湯に出かけている間に、職人仲間五人がやって来ました。日頃から強がってばかりいる男が、よりによって幽霊の出る長屋に越してきたというので、本当に度胸があるか試してやろうというのです。一人が仏壇に隠れ、二人が障子に細引きを仕掛け、もう一人が天井裏に上がり、手には金槌まで用意されました。 仏壇の鉦がチーンと鳴り、細引きで障子がスッと開き、天井裏から箒で顔をサッと撫でられ、仕上げには金槌でひたいをゴーンと一撃。あまりの本気の脅かしに、口ほどにもなく男は悲鳴を上げ、一目散に親方の家へと逃げ込んでしまいました。 きっと友達でも連れて戻ってくるだろうと、長屋の連中はもう一押しすることにしました。通りかかった按摩を家の中に寝かせ、「野郎が帰ってきたら、目をむいて『モモンガア』とやってくれ」と頼み込みます。五人は布団の裾に潜り込み、大入道に見せかける算段です。 ところが男は、親方を引き連れて舞い戻ってきました。これはまずいと、五人はほうほうの体で退散します。慌てすぎて誰も按摩に伝える暇がなく、按摩だけが布団の中に取り残されてしまいました。 男が家に入ると、按摩が布団から「モモンガア」。しかし親方も男も驚きません。親方は苦笑いしながら言いました。「みろ、てめえがあんまり強がりを言うから、仲間にいっぱい食わされたんだ。頼まれた奴らも意気地がねえし、 尻腰がねえ野郎どもだ」。すると按摩がぽつりと一言——「腰の方は、さっき逃げてしまいました」。 「お化け長屋」は、怪談が効く相手と効かない相手の対比が痛快な滑稽噺です。もくべえの怪談は気の弱い男には効いても、度胸のある職人には通用せず、逆にがま口を持ち去られてしまう。そして今度は仲間内での脅かし合いへと発展し、最後は「尻腰」と「引っ越し」を掛けた駄洒落のオチで締めくくられます。噺家によってオチの言い回しは異なりますが、この二段構えの脅かし合戦こそが噺の醍醐味です。