▶子どもが父親から小遣いをせびる作戦、知っていますか?
子どもが父親から小遣いをせびる作戦、知っていますか?
教訓
悪知恵も使い方次第
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『真田小僧』。古典落語の中でも「ぜんざばなし」として知られる一席です。入門したての若い噺家が高座に上がる際に手がける、いわば落語の登竜門のような演目でありながら、志ん朝、圓生、志ん生といった名人たちも繰り返し演じてきた、息の長い人気演目です。 舞台はごく普通の江戸の庶民の家。登場するのは、悪知恵の働く子どもと、その父親、たったふたりです。この親子の小さなやり取りだけで笑いを成立させてしまう。それがぜんざばなしの醍醐味でもあります。 この演目のルーツはかみがた落語にあります。もとは大坂・京都で演じられていた『六文銭』という噺が原型で、それが明治期に東京へ移植されて『真田小僧』として定着しました。特定の作者はわかっていませんが、江戸の庶民感覚に合わせて磨かれてきた演目です。 タイトルの『真田小僧』は、この悪知恵の働く子どもが、父親から戦国武将・真田幸村になぞらえられることに由来します。六文銭といえば真田家の旗印。そのぜにが物語のカギを握ります。注目してほしいのは、父親が笑いながら子どもに感心しつつも、どんどん手玉に取られていく様子。子どもの悪知恵と父親のお人好しぶりの対比が、この噺の笑いの核心です。 「おとっつぁん、小遣いをちょうだい」。子どもが父親のそばにやってきて、そう言い出しました。父親はにべもなく断ります。「そんなかねはない」。しかし子どもはひるむ様子もなく、にこにこしながらその場に居座っています。 するとこの子、急に声をひそめてこう言うのです。「ねえ、おとっつぁん……知らない人がおっかさんと、なんかこっそり話してたよ」。父親の顔色がさっと変わります。「なんだって? なんの話だ?」。 「もう少し聞かせろ」「じゃあ、一銭くれたら話す」。父親は渋々ぜにを握らせます。ところが子どもは少し話してはまた止める。「続きは?」「もう一銭」。父親は気になって仕方がなく、一銭、また一銭と渡してしまうのです。 気づけば何銭も渡してしまった父親、ため息をつきながらも子どもの悪知恵に半ば感心しています。「お前ってやつは……まったく大した知恵を持ちやがって」。呆れながらも、どこか誇らしそうな表情が隠せません。 父親はこう言います。「いいか、真田幸村公はな、十四歳で初陣を果たした。六文銭の旗印を掲げて、敵をさんざん悩ませた英雄だ。お前の悪知恵もまるで真田みたいだぞ」。子どもはにんまりしながら「へえ、六文銭ってどんな紋なの?」と尋ねます。 父親は得意げに手元のぜにを取り出し、「こうやって六枚並べてな、これが六文銭の旗印だ」と床に並べて説明し始めます。子どもは「へえ、数えていい?」とかわいらしく言って、父親が差し出した六枚のぜにを両手でしっかり受け取ります。 次の瞬間、子どもはぜにを握りしめたまま、さっと立ち上がって玄関へ向けて走り出しました。「こら、待て! どこへ行く!」と父親が慌てて追いかけます。 振り返った子どもは、満面の笑みでこう言い放ちます。「焼き芋を買ってくるんだ!」。父親は呆然と立ち尽くします。まんまとやられました。 ひとり取り残された父親、しばらく黙ってから、ぽつりと呟きます。「うちの真田も……薩摩へ落ちたか」。真田幸村は大坂の陣で討ち死にせず、薩摩へ落ち延びたという巷の噂がありました。我が子もまんまとぜにを持って「落ち延びて」しまった——という洒落たオチで、噺はここで幕となります。 まとめると、この噺の面白さはふたつです。ひとつ目は、「内緒話をちらつかせて小遣いを引き出す」という子どもの悪知恵が、場面ごとに少しずつ積み上がっていく構造です。父親が気になるあまり自分からぜにを出してしまう、この繰り返しのリズムが笑いをじわじわ膨らませます。ふたつ目は、オチの仕掛けです。「薩摩へ落ちたか」は、真田幸村が大坂の陣で生き延びて薩摩に逃げたという江戸庶民の間に広まった巷説を使った地口オチ。我が子を「真田」に見立てた父親が、その「真田」にまんまと「落ち延びられた」という二重の洒落が一言に凝縮されています。 ぜんざばなしとはいえ、噺家の腕によって子どもの生意気さの匙加減、父親のお人好しぶりの加減がまったく変わります。古今亭志ん朝のキレのある子どもの口調、三遊亭圓生の品のある語り口——聴き比べると、同じ噺がまるで別の味わいになります。ぜひ実際の高座で確かめてみてください。