お菊の皿(皿屋敷)

お菊の皿(皿屋敷)▶
怪談噺

えどじだいから語り継がれたかいだんばなし『おきくのさら』。その衝撃のラストをご存知ですか?

えどじだいから語り継がれたかいだんばなし『おきくのさら』。その衝撃のラストをご存知ですか?

教訓

怖さも商売も、笑いで救う

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古典落語『お菊の皿』、別名『皿屋敷』。江戸時代から語り継がれてきた、怪談でありながら笑いに転じる、落語ならではの傑作演目です。怖い話のはずが、なぜかじわじわと可笑しくなっていく。そのねじれた面白さが、この演目の真骨頂です。 落語の世界には「怪談噺」と「滑稽噺」という二つの流れがあります。『お菊の皿』は、その両方を一つの演目に詰め込んだ、欲張りな名作です。幽霊が本当に現れる怖さがありながら、その幽霊がいつのまにか江戸庶民の商魂に取り込まれていく。このギャップこそが笑いの源泉なんです。 まず知っておきたいのは、「皿屋敷」という話が江戸時代に実話として広く信じられていたという背景です。奉公人が大切な皿を割って手討ちにされ、井戸に投げ込まれた——この手の話は各地に残っており、怪談の定番素材でした。落語はこの「誰もが知っている怖い話」を出発点にしているんです。 この演目で注目してほしいのは二つです。一つは「幽霊の見世物化」という風刺。江戸の庶民は何でも商売にしてしまう逞しさがあって、幽霊さえも興行の種にしてしまう。そのたくましさと滑稽さが笑いを生みます。もう一つはオチの構造。「なぜ18枚も数えたのか」という問いへの答えが、まさかの方向から返ってくる。このどんでん返しの気持ちよさを、ぜひ楽しんでください。 夏の昼下がり。町内の暇を持て余した若い衆たちが、ご隠居のもとを訪ねます。「ご隠居、今夜みんなで肝試しに行こうという話になりまして。どこかいい場所はございませんか」。にやりと笑ったご隠居、煙管をくゆらせながら言いました。「肝試しなら、決まってるじゃないか。皿屋敷だよ、皿屋敷」。 ご隠居は静かに語り始めます。「あそこにはお菊という奉公人がいてね。主人が大切にしていた十枚組の高級な皿を、うっかり一枚割ってしまった。怒った主人はその場でお菊を手討ちにして、亡骸を井戸に投げ込んだという。それ以来、丑三つ時になると、井戸の底からお菊の声が聞こえてくる。いちまぁい、にまぁい、さんまぁい……とね」。 その夜、若い衆たちは連れ立って皿屋敷へと向かいました。月も雲に隠れた真っ暗な夜。荒れ果てた屋敷の庭に足を踏み入れると、雑草が足元に絡まります。「本当に出るのかなあ」「こなきゃよかった」などと言いながらも、誰も引き返せない。そして丑三つ時——夜中の二時頃、あたりに深い静寂が訪れました。 すると井戸の底から、ゆっくりと白いものが浮かび上がってきます。長い黒髪、白い着物——お菊の幽霊です。静寂を切り裂くように、低く、引き伸ばされた声が響きました。「いちまぁい……にまぁい……さんまぁい……」。若い衆たちは足がすくんで動けません。四枚、五枚……声は続きます。 翌朝、若い衆たちは震えながら町に帰りました。「本当に出た!しかも美人だ!」。この噂がたちまち町中に広まります。さらに「六枚か七枚のところで逃げ出せば死なない」という噂まで加わって、皿屋敷は江戸の話題の的になりました。怖いもの見たさというのは、いつの時代も人間の本能なんですね。 やがて皿屋敷の周辺は、すっかり様変わりしてしまいます。弁当を売る者、菓子を売る者、見物席を設けて銭を取る者、ついには興行主まで現れました。廃屋の庭に木の桟敷が組まれ、提灯がずらりと並び、毎夜大勢の見物客でにぎわうようになったのです。幽霊の出る怪談の舞台が、立派な娯楽施設に変わってしまいました。 ところがある夜のこと。見物客が増えすぎて、皿屋敷の出入り口が人でいっぱいになってしまいました。いつもなら六枚か七枚のあたりで「うわあっ」と逃げ出す人たちが、前がつかえてどこにも行けません。お菊は数え続けます。七枚……八枚……九枚……そして十枚を超えても、人波は動かない。 十一枚……十二枚……お菊の声は続きます。十五枚、十六枚……会場が静まり返る中、ついに十七枚、そして十八枚。通常の倍近く数えてしまったお菊は、ぐったりとした様子で井戸のそばに立っています。見物人たちも茫然。誰もが同じ疑問を持っていました——なぜ今夜に限って十八枚も数えたのか、と。 町内の連中が恐る恐る尋ねました。「お菊さん、今夜はなぜ十八枚も数えたんです?」。するとお菊、疲れ果てた顔でこちらを向いて、きっぱりと答えました。「だからさ、明日はお休みなんだよ」。二日分まとめて数えたというわけです。 『お菊の皿』は、怪談として始まりながら、江戸庶民の商魂と幽霊の「労働問題」で笑いに着地する、落語ならではの名演目です。怖いものをも娯楽に変えてしまう江戸の逞しさ、そして「明日はお休み」という一言に込められた、幽霊をも人間扱いしてしまう親しみやすさ。このふたつが見事に噛み合ったとき、会場は笑いに包まれます。原作の落語をぜひ生で聴いてみてください。