鰻の幇間

鰻の幇間▶
滑稽噺

たいこもちとは何か、ご存知ですか?江戸の滑稽噺がおこたえします。

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教訓

嘘は嘘を呼ぶ

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古典落語「鰻の幇間」。江戸から明治にかけて磨き上げられた滑稽噺の傑作です。演じ手によって細部は変わりますが、しゅじんこうの哀れさと可笑しさは、どの時代に聴いても変わりません。 幇間、またの名を太鼓持ち。お座敷の宴席で旦那衆を笑わせ、おだて、持ち上げる——それをなりわいにした江戸のしょくぎょうげいにんです。芸者が花を添えるとすれば、幇間は笑いで場を回す潤滑油。しかし彼らのふところじじょうは、常に綱渡りでした。 この噺の面白さは三層構造になっています。まず一層目は「見栄」。一八は仕事もない懐寂しい状態なのに、旦那風の男に声をかけられた途端、大げさなお世辞を並べて食事に便乗しようとします。 二層目は「嘘の連鎖」。一度ついた嘘を取り繕うために、次々と新しい嘘を重ねていく。この噺では、一八がどこに住んでいるか、なにものなのかという話が膨らみに膨らみ、さいごに現実という壁に激突します。そして三層目が「ツケ」——江戸の飲食店のあとばらい文化がうみだす、逃げ場のない結末です。 その日、幇間の一八は仕事もなく、財布もからっぽで、暑い夏の町をぶらぶらと歩いていました。お座敷の声もかからず、腹も減っている。そこへ向こうから、いかにもいい身なりをした男がやってきます。一八は目を細めました。どこかで見た顔のような気がする、と。 一八、かんぱついれずに飛びつきます。「これはこれは旦那様、ごぶさたしております!」。じつのところ、誰だかまったく思い出せない。しかし幇間たるもの、知らないとは口が裂けても言えません。男の方も、なんとなく話を合わせてくれるものだから、一八のおべっかはどんどん加速していきます。 男が言います。「せっかくだから、鰻でも一緒にどうです」。一八の目がきらりと光りました。鰻のかばやき——江戸っ子の大好物。しかも奢ってもらえるとくれば、こんなありがたい話はない。二つ返事で「ぜひぜひ」と、鰻屋の暖簾をくぐります。 座って注文を済ませ、いよいよ待つばかり。一八はさらにわだいを広げようと、相手の旦那にあれこれとはなしかけます。ところがここで、男がふと「ところで、あなたのお宅はどのあたりでしたっけ」と聞いてきました。 一八、とっさにつくりばなしを始めます。「へえ、向島の方に。なかなかいい場所で」などとでたらめを並べ始めると、男は「ああ、あそこは私もよく行く。じゃあ誰々さんをご存知で?」と追い打ち。一八はさらに嘘をかさねながら、話はどんどん大きくなっていきます。 やがて料理が運ばれ、二人は鰻を食べ始めます。いい気分になったところで、男が「ちょっとちょうずを」と席を立ちました。一八は悠々と残りの鰻を食べ、熱いお茶をすすります。「さあ、旦那が戻ったら、うまくお礼でも言ってお開きにしよう」と、心の中でそろばんを弾きました。 しかし、男はなかなか戻ってきません。一八が待っていると、店の者がそっと近づいてきて言います。「先ほどのおつれさまでございますが……先に出られました」。一八の顔から血の気が引きます。 店の者は続けます。「お代はおつれさまが払ってくださると伺っておりましたが、まだいただいておりませんで」。一八はぐっと言葉に詰まります。懐には一文もない。ふたりぶんの鰻を平らげた後に、支払い能力ゼロというぜったいぜつめい。 一八は必死で言い訳を並べ、「あとでちゃんとお持ちします」と平謝り。ところが鰻屋のしゅじんもさるもので、「お名前とお住まいをお聞かせいただければ」とにっこり。一八は先ほど旦那に話した嘘の住所を言うしかなく、向島の架空の住所を告げてすごすごと店を出ます。 通りに出た一八は、がっくりと肩を落とします。鰻は食べた。しかし金は払えない。でたらめの住所を告げた。これでは取り立ても来ようがないが、そのかわり自分は一文の得にもならなかった。嘘をつき続けた挙げ句に、自分が一番損をする——これぞ幇間商売の哀しき末路です。 「鰻の幇間」は、幇間という江戸特有のしょくぎょうの悲喜こもごもを、笑いの中に凝縮した一席です。おべっかでいきる男が、おべっかのせいで自滅する。その構造は、現代のどんな職場にも通じる普遍性を持っています。ぜひ寄席や音源で、一八の情けなさを生の声でお楽しみください。